靖国神社

当初、画家として活躍したが、その後、高齢者介護をもとにした小説で作家デビューした。

その後書かれた「わかりやすい日本神話」を見ると言葉の使い方が右寄りな印象も受けるが、内容はむしろ逆で独自の日本神話と見ることができる。

靖国神社に戦争犯罪者を祀ったことにも心を痛めていた天皇は

「この年の この日にもまた 靖国の みやしろのことに うれひはふかし」

昭和61年8月15日 終戦の日に読んだ御歌。
「私はあれ以来、参拝していない。 それが私の心だ。」

昭和天皇は戦争に反対し軍部にも働きかけたが、ルーズベルト大統領からの電報も隠され、軍部は不意打ちをするように真珠湾攻撃をした。

結局は返り討ちに遭ったようなものだが、国民には戦局は優位であると報じ続けたため、やめることもできないまま、東京大空襲を受け、二発の原爆を落とされてようやく目が覚めた。

まだ終戦から70年も経ってないのに、再び戦争をするかのような政権運営をする安倍内閣を危惧して飯田を後にした。

写真は
飯田で食べたとんかつと頂いた御本。